インドへの旅

3月27日~4月3日にかけて、機内2泊・現地6泊でインドへ行き、釈尊=お釈迦さまの遺跡を訪ねてきました。

釈迦とは釈迦族に由来しており、釈尊とは釈迦族の尊い人のことです。

釈尊が今から2500年前に佇んでおられた地に「今、こうして居るのだ」という感激と共に私から見れば、貧困に慣れ切った庶民の暮らしを目にすることができた旅でした。

釈尊の遺跡の詳細はインターネットで検索できるので、加えて遺跡への沿道の画像を取り入れて綴っていきます。写真はクリックで拡大

尚、車窓からの動画は こちら です。 

 

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3月27日午後2時10分、伊丹フライトから成田経由でデリー空港に着いたのは28日午前5時前(現地時間23:50)。

インド入国手続きを終えて、機内預け荷物引取り所へ続く長ぁーい動く歩道を心細く一人で移動。そのあと、少しアクシデントがあったがガイドと会うことが出来、夜中1時半頃デリーのホテルへ。疲れ切っていたのか短時間でもぐっすり眠る。

 

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現地時間8時、食事を済ませ10:30の飛行機でパトナ空港へ。12時半頃から今夜の宿泊地ラジギールへ出発。その前に旅行を共にしてもらったガイドさんと運転手さんとの写真を撮って、後方の専用車に乘りいざスタート。

しかし、間もなく目にした庶民の暮らしの光景にビックリしました。

この後は釈尊の遺跡とともに、The・インドを紹介しましょう。

 

沿道の光景を目にしながら1番目の遺跡、玄奘三蔵の天竺旅行の目的地であったナーランダ大学を訪れた。写真左から、入場券売り場・見学に向かう学生達・遺跡発掘の人達・大学内・手前、炊事場と後ろの僧房(僧侶たちのそれぞれ6畳程の部屋)。

最初にも記しましたが、それぞれの遺跡の詳細はインターネットで検索してください。

 

翌日は朝7時から霊鷲山へ登ったあとホテルに戻り食事。そのあと、釈尊成道(悟り)の地ブダガヤへ。写真左から、霊鷲山への参道・釈尊と弟子などが雨風をしのいだ岩・山頂での祈り・土産物店主の手のひら(色の違いにビックリポン)・ジャイナ教の寺。

 

写真はブダガヤへの沿道。写真はありませんが、つぶれそうな家の屋根にパラボラアンテナ。サトウキビの束を頭に乗せ、スマホを見ながら歩く女性(どうなってるの、この国は!)。

右端は釈尊が菩提樹の下で開悟される前に沐浴したナイランジャ河(尼蓮禅河)。雨季以外は水の流れはありません。

 

写真左から、釈尊に乳がゆを捧げたスジャータの居住跡を証明する碑・居住跡に建てられたストゥーパ・近くの小学校の教室と生徒・国際仏教興隆協会が1973年建立の日本寺・内部

 

写真左から、釈尊成道の地に建立された大菩提寺(大塔)への参道・大塔敷地内に入るにはこの建物で靴を脱がなくてはならない・大塔へ向く前に記念撮影・大塔正面・内部には釈尊が菩提樹の下でブッダ=目覚めた人・開悟された人となるための瞑想に入ったとき、悪魔の化身である艶かしい美女の誘惑や美食の誘いなどを消し去るために、人差し指を地面に触れさせた

触地印(降魔印)の像。

 

写真左から、大塔横の菩提樹・菩提樹と記念写真・菩提樹下の金剛宝座・インドのアーチャリ=阿闍梨から声をかけられ、私も日本の阿闍梨ですと答えると「あなたはリトルブッダです」と言われ何か嬉しくなり記念撮影・ムチリンダ龍王の池と像。

釈尊は何を悟り、ブッダと成られたか。

「この世の一切は縁起により成り立つ。その姿は諸行無常であり、諸法無我である。無常であり、無我であるがゆえに生きることは苦である。この真理をあきらかに見据えたならば、蠟燭の灯が音もなく消え去る境地である涅槃に至る。という絶対真理を悟られた」と私は思います

 

 

写真はブダガヤをあとにして、今夜の宿泊ベナレスへの沿道風景です。

写真はありませんが、何かゆったりと道を横切る。あれは何?ラクダ!

そして、ここでもパラボナアンテナと、道に座り込んでスマホ・携帯電話。

いくら、ITに強い国だと言っても、私からみれば超アンバランスな光景でした。

 

ベナレスでの観光はガンジス河です。朝5時頃、ガンジス河の沐浴風景を小舟に乗って観光。

写真左から、船着き場・船着き場近く・青空床屋?・ガンジス川の日の出・思わず手を合わせる

・小船からの眺め。3番目と4番目は洗濯屋(地面に叩きつけて、そのあとは日干し)・瞑想に耽る女性・踊り?で祈りをささげる男性・あとは火葬場の風景。

 

ガンジス河観光のあと、ヒンドゥー教寺院・ビシュワナート寺院を訪ねてホテルに戻り、釈尊初説法(初転法輪)の地、サルナートを訪ね、の宿泊地クシナガラへ。

写真左から、ビシュワナート寺院への迷路のような道・右端は専用車待ち合わせ付近。

 

専用車で移動後、サルナートに到着。写真左から、初転法輪像が収蔵される考古学博物館・

内部・3番目~野生司香雪のうす・こうせつ画伯の壁画が残るムラガンダクーティ寺院の壁画。

私が新たに注目したのは5番目の写真です。何故なら、スジャータが釈尊に乳がゆを差し出のは菩提樹の下で瞑想の所では無く、汚れ、疲れた体を癒そうと沐浴のあと、ナイランジャ河(尼蓮禅河)の岸辺に倒れた姿を見て差し出した。と、本などで知るところでした。

この壁画は、スジャータはそのあとも菩提樹の下の崇高な釈尊の姿に心打たれ、施しを続けた姿を描いたものでしょう。

 

そのあと、初転法輪の遺跡を観光しました。写真左から、遺跡へ向かう人達・釈尊が開悟のあと、5人の修行僧に説法した所に建立されたダメークストゥーパ・5人の修行僧が釈尊を迎えたと云われる所に建立された迎仏塔・姉弟かな?親しげに声をかけてくれた。

そのあと、宿泊地クシナガラへ。

 

翌朝、釈尊涅槃の地<クシナガラ>の観光。

写真左から、釈尊が病んだ身を横たえた沙羅双樹(低い木ではなく、手前と奥の2本)・下血と発熱の中、尋ねてきた青年に説法した「釈尊最後の説法地」の跡に建てられた堂~最後の説法像~涅槃堂と涅槃像と経を読み上げる僧侶たち~涅槃堂の周りで読経する人達。

 

2つの施し。釈尊入滅の原因はチュンダという名の鍛冶屋がもてなした食事による中毒とされている。食後に苦痛に陥る姿を見たチュンダは嘆き悲しみました。しかし、釈尊は「私には2つの施し(聖なる食事)がある、一つは成道への手助けとなったスジャータの施しと、このチュンダの心からの施しである」。その言葉を聞き、チュンダはあふれる涙をぬぐおうとしなかったと伝えられています。

釈尊が涅槃に入る最後の言葉「この世の一切は移ろうものである おまえたちは ただただ真理を求め 怠ることなく修行に励みなさい」」。 

 

写真は涅槃堂近くの釈尊が荼毘に付された所に建立されたストゥーパと、公園を出たところで

小さなオルガンを弾き、何か歌っていた少女。快いその歌声は今でも耳に残っている。

 

観光が終わり、今夜の宿泊地ネパール領のルンビ二へ迫力?ある移動。

写真左から、左側追い越しの乗り合いバス・60キロぐらいのスピードで町中を走り抜ける・

竹で組んだ改造中?の建物・バイクは3人乗りが普通(4人乗りも見かけた)・次の2つはガソリンスタンドで・次3つはドライブインで・さぁこれからはスリル満点、先ずネパール国境の荷物検査まちのトラックの列(少なくとも5キロはあっただろう、検査待ち3日は普通とか)・前方のバスがそんなのは知りませんと安全帯を乗り越へて反対車線へ・私たちもガツン、ドスンと乗り越えて逆走~暫くすると案の定、乗り合いバスとバイクの接触事故。運転手同士が掴みあい(ガイドに殴り合いしてるのに警察は?と聞くと、あれは触れ合いだから警察は呼ばないし、来ない!・・・)~国境ほん近くで元の車線へ割り込み~蛇行しながらネパール領へ。

 

 

翌日は、釈尊降誕の地、ルンビ二観光のあと、車窓から祇園精舎の鐘などを見ながらラクナウへ12時間近くの移動。

写真左から、ネパール出入国管理局・インド出入国管理局・祇園精舎の鐘・有料トイレ見張りの女性・ドライブイン従業員の子供。

釈尊降誕の地、マヤ夫人堂内は自動小銃を持った兵士?が警備し、撮影も禁止だったので敷地内の写真も撮らなかったが、釈尊が生まれた場所を記すマーカーストーン(石碑)や、マヤ夫人が沐浴した池を見ることが出来、手を合わせました。

インターネットで、ネパール ルンビ二を検索すると幾つかの写真がUPされています。

 

 

翌日はラクナウ空港からデリー空港へ行き、デリー市内観光のあと日本へ帰りました。

写真は左から、インド国立博物館前・館内の仏舎利塔・塔内の仏舎利・館内の窓(日本ではこの様な汚れは許されないだろうと思って撮りました)・インド最後の料理

 

今回の旅行の感想は、人も動物も生まれ出る環境(親も、国も)を選ぶことは出来ない。

しかし、貧富の格差、それを苦にしない庶民のバイタリティーに目を見張り、感心させられた旅でした。

以上ですがインターネット等で、崇高でシンプルな釈迦仏教にも触れてください。

                           

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